読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ロバの耳☆

たまに書きたいことをだらだらと書く。

アンパンマンが顔をもぐ際に痛みを覚えていたとしたら

 

 やばいですね。やばいです。

 

 アンパンマンというのは、お腹を空かせた子供のために自らの顔を分け与えるという正義の使者なんですけれども。

 果たして、顔を失うなんて事をしていて痛みはないのか、て話です。

 少し調べてみたところ、アンパンマンは雑誌のインタビューでこう答えているらしい。

  『痛くないです、パンですから。食べてもらえないパンはまずいということなので、顔をあげるときは本人もすごく嬉しいんです。まったく痛くないし、むしろ快感です』

 ちょっと待ってくれ。そんなもの嘘に決まってるだろう。

 よく考えてもみてくださいよ。アンパンマンは瞳も鼻も口も正常に機能していますよ。あの顔には神経が通ってるんですよ。それが何で痛覚がないんですか。僕には信じられません。

 そもそも顔が湿ると「力が出ない」なんて宣う癖に、顔を失うと快感ってどういう事ですか。『湿る』よりも『失う』の方が圧倒的にグレードは上でしょう。あまりの痛みに感覚が麻痺しているとしか思えませんね。

 というわけで、アンパンマンは顔をもぐ際に痛みを覚えています。はい。

 

 そうなると、今度は、そうまでして顔をもぐ意味を考えていく必要があるでしょう。

 アンパンマンは、お腹を空かせた子供のため、顔をもぎます。

 自らの痛みを代償に、子供の空腹を解消させているのです。まさに自己犠牲の精神といえるでしょう。これは前述したインタビューの回答とも一致しています。

 はい。しかし、空腹といっても、たかが空腹です。それも命の危険に及ぶまでもない。餓死からは程遠い、一時的な空腹です。あの子供達、眉をちょっと下げただけで、全然辛そうじゃないですもん。ていうかそもそもお腹空いてなさそうな時だってあります。子供達を安心させるため、アンパンマンは自らの顔を差し出すのです。

 でも、それって自己犠牲の度を超えていやしないかと思うんですよ。

 例えば、仮に、アンパンマンが空腹を覚えたとしましょう。その際、わざわざ自分の顔を食べるのか、という話です。痛いんですよ。とても。その痛みよりも空腹を満たすのを優先する? 信じられません。ちょっと彼はおかしいです。

 そもそもですね、空腹だからって自分の顔を与える必要はないんですよ。ちょっとジャムおじさんのところまで飛んでいってパンをかすめ取ってくれば良いんですから。つうかパンを与える度に毎度毎度『アンパンマンの顔』を作らされるジャムおじさんの身にもなれよ馬鹿が! て話です。わざわざあんなでかいパン念入りに作らされるくらいなら、余ったパンを幾つか持ってかれた方がジャムおじさんも遥かにマシでしょう。

 ですから、ここで疑問が生じます。

 本当に、アンパンマンは自己犠牲の精神で、自らの顔をもいでいるのか。

 いやー、そんなはずないでしょう。もう騙されません。子供を助けるためなんて、他に助ける方法は幾らでもありますから。詭弁にすぎません。

 ならば、自らの顔をもぐ、本当の理由は何なのか。

 簡単です。

 あれは、彼の自己満足です。

 先程の回答でも言っていたでしょう。「むしろ快感です」と。快感なんですよ、彼は。自分は正義の存在であるという事を再確認し、悦びを覚えているのです。子供の空腹が満たされているのは、あくまで副次的な効果でしょう。彼の目的ではありません。

 痛みを覚えている。これも、彼の満足感を増幅させる役割を果たしています。

 「ぼくはこんな痛みを感じてまで、子供を助けている」というわけです。

 とんだ変態ですねアンパンマンは。

 

 しかし、彼の行いが偽善であったのだとしても、それで助かっている子供がいるのは確かです。

 というかバイキンマンの数々の悪行から平和を守っているのは見逃せない事実でしょう。まがりなりにもヒーローですから。

 アンパンマンがどんな心情で正義を行使しているのかなんて関係ありません。

 彼はヒーローなのです。

 僕らは彼を応援すべきで、感謝の心を欠かすべきではありません。

 それを忘れてしまった時、人は悪に染まるのです。

 くれぐれもお気を付けて。

 

 おわり。

 

 ひでえ記事だな。すいません。

 ではまた来週!